宮路竹峰 『黒面鬼』
あらすじ
飛鳥井子爵は、元警視総監で番町の名士である。
事件は、現総監の元に黒沢晃という差出人の名前で黒焦げ死体が送り付けられるところから始まる。
ある日、某銀行頭取薗部が古道具屋で求めた手文庫が盗まれる。その手文庫の中には100万円の宝くじの当りくじが入っていた。薗部は日本銀行に盗難届を出すが、黒沢晃という男もくじを持って当選金の受け取りに現れ、日本銀行は引渡しを保留にする。
ある日、東京タイムスに黒沢の名前で「薗部老人に告ぐ、君があくまで余の要求をこばまば、余は君の身辺より最愛の一物を奪うべし」との広告がでる。
薗部がこれに対し警察の護衛を要請すると、程なく令嬢が誘拐され、黒沢から70万円の要求がある。金を支払うと令嬢は無事に戻された。
常盤木という男爵は、飛鳥井子爵との待ち合わせで訪れた料亭で、別人に間違えられ、病院送りにされる。その隙に男爵邸には偽男爵が入りこみ、一千万円を持ち逃げしてしまう。
総監は飛鳥井子爵に相談して黒沢を捕らえようとするが、飛鳥井はそれは無理だという。総監が別の探偵を使って付きとめた黒沢の隠れ家は、飛鳥井邸のすぐ近くで、食塩や燐やイーゼル、ラジュームという薬品が見つかる。
最後に飛鳥井邸で黒沢の自殺死体と飛鳥井の遺書が見つかった。遺書によれば、飛鳥井は自分が発明した薬で夜は黒沢となり悪事を働いた、そのうち副作用で飛鳥井から勝手に黒沢に変身するようになってしまった、とあった。
(『大正の探偵小説』P.99〜103、要約)
検証
全体としては『ジギル博士とハイド氏』を翻案しているようだ。
しかし、注目すべきは、前半で薗部氏の手文庫が盗まれるエピソード(太字部分)である。
これは、『ルパン対ホームズ』第一部「金髪美人」の第一章「23組514番」を翻案したものである。
該当するエピソードのあらすじを述べよう。
余り裕福ではないジェルボワ教授が、娘スザンヌの誕生に書物机を買う。丁度買ったところに、身だしなみのいい紳士がやってきて、店員にその机を売って欲しいという。店員が今売れたばかりだというと、紳士は教授に2倍か3倍の額を出すので売ってくれというが教授は紳士の無礼に怒り、言下に断る。
しかし翌日、教授宅から白昼堂々と机が盗み出される。机には宝くじの当選券が入っていた。
教授はその賞金を持参金にして、スザンヌを裕福な青年に嫁がせてやりたいと考えていた。 しかしスザンヌ自身は従兄弟と結婚したがっていた。
教授もルパンも新聞を通じて宝くじの賞金に対する権利を主張し合うが、このままではどちらも受け取り損ねるからと、ルパンは賞金を山分けにすることを申し出る。教授がこれも無視すると、スザンヌが誘拐されてしまう。
娘盾に取られて、教授はルパンとの取引に応じることになる。ルパンは、スザンヌを返すに際し、彼女が従兄弟と結婚したいと思っていることを教授にとりもち、うけとった取り分の中から彼女の結婚祝を贈るのだった。
なお、ルパンが書物机を盗んだのは、宝くじには全く関係無く、それがナポレオンゆかりの以前から探していた代物だったからであった。
長編の一部だが、このエピソードだけでも独立した短編として十分楽しめる。
くらべてもらえば、『黒面鬼』の問題の部分が『ルパン対ホームズ』の「23組514番」を引き写していることは明らかである。宝くじが盗まれ、本来の持ち主と、盗んだ本人がその権利を争い合うという発想は非凡で、到底偶然一致するようなものではない。その後に令嬢誘拐ときては、ルパン物の影響としか考えられない。
『東京タイムス』という新聞を使っての被害者との連絡も、ルパンお気に入りの方法そのままである。
「序」として宮路は「本書の物語は先年巴里を中心にして起り、」とあるので、全く間違いないようだ。
余りに明らかで、検証としては却ってものたりないようだが、それだけ日本の探偵小説黎明期にはまだまだ原作の詳らかではない作品が多いということである。
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