四谷怪談って、あんまり聞いた覚えがないんです。
京極夏彦が嘆きそうですけど。
一応話の筋は知ってたんですが、『嗤う伊右衛門』を読むまで、
番町皿屋敷と記憶が混じってました。
お岩は、京極作品中私が一番好きな女性キャラです。
一番感情移入しやすいんです。
雪絵さんや千鶴子さん、柚木陽子・久遠寺涼子なんかは
やはり男性視点からの一つの理想のタイプなのではないかと思えてしまうのですが、
お岩はもう少しリアルに感じます。
プライドの高いお岩が、
「何故分からぬ」と障子を破り激昂するシーンは泣けてしまいます。
だから、「お岩は限りなく醜く同時に限りなく美しい」というのは
すごく良く分かる気がする。
『嗤う伊右衛門』の冒頭からラストまではどのくらい時間が経過しているんでしょうか。
『巷説百物語』との時間的関係も気になるところですが、
感覚でいうなら『嗤う伊右衛門』の冒頭、『巷説』の最初の何話か、
『嗤う伊右衛門』のラスト、『巷説百物語・帷子辻』という順番でしょうか。
手がかりとしては、『嗤う伊右衛門』の冒頭で針屋のお槇が死んでいること
、『嗤う伊右衛門』の後半で「事情があってしばらく江戸を離れていた」というようなことを
又市が言っている事、『帷子辻』でお槇の死をかなり昔のことのように又市が口にしていること、
『嗤う伊右衛門』のラストを引きずっているのではないかと勘ぐりたくなるほど
『帷子辻』の又市がアンニュイであること、です。
ただし、又市が言っていることを完全に信じていいかというのは別問題ですけど。
もともと私は『巷説百物語』より『嗤う伊右衛門』を読んだほうが先なんですが、
嗤う伊右衛門を読んでの又市の第一印象は
「おいしいとこだけさらっていくやつ」ということでしょうか(笑)。
いやあ、実をいうと最初、又一自身がお岩さんに傍惚れしたんじゃないかと思ったんですよ。
だからラスト近くの伊右衛門の「誰にもやりたくなかったのだな」という台詞を読んで、
又市のことかと勘違いしちゃいました。
『巷説百物語』の又市は、「小豆洗い」からすでに「御行の又市」で、
昔は小股くぐりと呼ばれた男。
それに対して、『嗤う伊右衛門』の又市は御行姿をはじめた
「小股くぐりの又市」なのだ、と認識してます。
嗤う伊右衛門の冒頭ではどこかまだ御行姿が板についてないというか。
でも、ラストではもうすっかり板についてるんですよね。
ところで梅がやたら気にしていた蛇ですが、
もともと何か四谷怪談とゆかりがあるのでしょうか?
寡聞にしてまったく知らないのですけれど。
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